2016-7-7 未分類

芸能界では人徳者として知られる志村けん

1968年、卒業間際にザ・ドリフターズ(以下ドリフ)の付き人になる。
この際、リーダーのいかりや長介が志村を強引に東北地方巡業へ付き合わせたため、出席日数が足りなくなり中退の扱いにされてしまったと言われる。

2007年3月の公式ブログでは、高校卒業前の2月からドリフの付き人になり、午前中だけ時間を貰い慌ただしく卒業式に出席し、仕事に戻ったと述べている。のち、放送大学教養学部修了。

コント55号とドリフのどちらに弟子入りするか迷ったが、音楽性の面からドリフを選び、1968年2月にいかりやの家へ直接押しかけ、雪の降る中、いかりや本人が夜中に帰ってくるまで12時間ほど待ち続けた。

1週間後にいかりやから弟子入りを認められ、ドリフの付き人となる。当時のドリフは積極的に音楽活動を行っていたため、仲間内では「付き人」ではなく「バンドボーイ」(通称ボーヤ)と呼ばれていた。

 

加藤茶の付き人となるが、1年余りで一度脱走[7] し、バーテンダーなどのアルバイトをしたりしていた。仲間が伝えるのを忘れたせいなのか脱走したとメンバー内で騒がれていた。

戻ってくる時はいかりやの家に行きにくかったので、加藤の家に行って頼み、いかりやへ口添えしてもらったところ、「2度も弟子入りするやつはよくよく好きなんだろう」と出戻りを認めてくれた。

その後、しばらく加藤の付き人兼加藤家居候となる。

志村は運転免許を持っていないため、無名の付き人だったにもかかわらず、当時国民的人気者の加藤が運転する車の助手席にふんぞりかえったまま帰宅し、加藤を差し置いて母親に晩御飯を用意してもらったり、先に風呂に入ったりという非常識っぷりを見せたという。(Wikipedia)

このような経緯で芸能界入りを果たした志村だったが、いかりや長介からは、散々イジメられていたらしい・・・

だからこそ、志村けんはイジメをする奴が大っ嫌い。

それが理由で、犬猿の仲とされている大御所がコチラ・・・

 

 

タモリ(現在は和解?)

かつて、志村けんはトーク番組で「あの人(タモリ)の笑いはあまり好きじゃない」と公言。
実際、『笑っていいとも!』のテレホンショッキングで、桑野信義から翌日のゲストとして電話を受けたにもかかわらず、「明日はゴルフなので行けない」と答えたほどだった。

島田紳助

紳助と犬猿の仲と伝えられているお笑いの大御所が、ビートたけし、志村けんの2人だ。
「たけしは、生放送中に芸人の“東京03”を恫喝したり、仲のいいタモリに対し、生放送中に『いつ引退するのか』と紳助が噛みついたことを異常なまでに激怒している。一方の志村は美女タレントの起用を巡って、絶えず紳助と争奪戦を繰り広げている。この2人の大御所に同調する芸人は紳助の番組に絶対に出演しない」

加藤茶

加藤茶さんはドリフターズの仲間である志村けんさんと不仲だという噂が世間を賑わせています。
これは加藤茶さんの結婚を機に取り沙汰されるようになりました。
志村けんさんは現在でも独身でおり、加藤茶さんが強く結婚を進めているようです。
しかし志村さんは全く結婚する気がないとのこと。
加藤さんが志村さんの結婚について質問されると。「志村さんは動物と結婚するんじゃない?」とコメント。
もちろん冗談のつもりだったようですが、志村さんはこの直前に愛犬を亡くしていたので大きなショックを受けたようです。
さらに志村さんは加藤さんの結婚式に仕事を理由で参加していませんでした。
志村さんは加藤さんの結婚時に「金目的の女とは結婚しない」と意味深な言葉を残していました。
このコメントについては加藤さんも心中穏やかではないようで、関係が崩れたとも言われています。

ウーマンラッシュアワー

「(THE MANZAIで)優勝したの、なんだっけ。なんていうグループ」と、 同番組の収録で二人に関心を持った様子をみせたが、その後「あいつら、何なの?」「全然何言ってるかわからないの」 といった厳しい言葉が飛び出した。

ウーマンラッシュアワーのネタは、ボケの村本大輔が早口でまく仕立てるテンポのよさが特徴のひとつ。
志村はその早口ぶりに驚き「前のお客さんが…まあ、少しはウケてるんだけど、あれ分かってウケてるのかな?」 と疑問を呈したのである。

また「あれが『THE MANZAI』で優勝したとなると、もうターゲットは中高生だけだな」「大人は絶対笑わないよ、あれ と分析し、ウーマンラッシュアワーの漫才が人を選ぶものだと評価。
さらに「スタジオでやってるから、(声が)ちょっとこもり気味だから」「テレビでは、大きくしないと分からないだろうな」と続け、 どうしても村本の早口ぶりが理解できない様子をみせた。

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